春の引越し以来、毎日のように多摩川を渡る生活になりました。
特にお天気のよい日、電車で多摩川を渡るのが大好きです。川が見え始めて渡りきるまでせいぜい15−20秒のことですが、広々とした河原の景観が、どこまでも見えるのびのびとした川上の情景がとても好きです。この川を渡る20秒間を意識して、混雑した電車でも大きく開いた窓の近くを陣取ります。
二十数年前、この多摩川を渡って短大に通っていました。
そのころ、私にとって印象的な一つの事件?がありました。
おしゃべりには花が咲くけれど、何か意見をまとめなくてはならないときに、みんな勝手なことを言い出すため、いつまでも何も決まらないということがありました。
そのときにまとめ役で、グループのしっかり者の友人yuriが私と友人数人にこう言いました。
「みんな、実は何も考えていないんじゃあないの?もっと本気で考えなくちゃだめだよ。考えずにいろんなことを言うから、ごちゃごちゃになってちっとも前に進まない。しっかり自分の考えを持たなきゃ」と。そんな風に一気に言われ、言われた側のみんなはyuriの考えはいつも正しいし、的を得ている、けれどそんなこと不意打ちのように、急に言われてもと、びっくりしたり、シュンとしたり・・・。「うん、本当にそのとおりだね」「えっ?何を考えるの?」「自分の意見?何?何のこと?」と、反応は様々でした。
この日の学校帰りに一人で電車に乗ったとき、ふと先ほどのyuriの言葉が思い出され、「考える」という言葉を意識し、頭の中を占領していました。
もっと考える、自分の意見を持つ、どうしたいか考える・・・・・・・。
頭の中を「考える」という言葉がぐるぐるぐるぐる回っていました。
「考える」という言葉が自分をとても大人にするような錯覚と、自分のことをしっかり受け止めようとしている自分に気づいたことが嬉しくて、何かに目覚めたような、不思議な感覚でした。
このときに電車は、ちょうど多摩川の陸橋の上。夕焼けに染められて悠々と流れる多摩川のきれいな情景は、今でも思い出せるほど印象深く残っています。
きっと二十数年前のこの日から、多摩川を渡るのが好きになったのだと思います。
皆さんは、自分の好きな情景をお持ちでしょうか?
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