「暗黙知」と「形式知」


 
 


企業研修や大学の授業でグループワークを実施する際には、あるテーマについて話し合いに入る前に「自分の意見」をまとめさせてからスタートします。

人と意見を交換することに慣れていない人が多いので、初めに話した人の色が強いと、そちらへ流されてしまいがちだからです。また自分の考えを持たずに他の人の意見を聞くだけというのは失礼なので、自分の考えを持つように言います。

特に学生は、自分の意見が間違っていると嫌なようで、他の人の意見に迎合してしまう傾向も見られます。

自分の考えを求められたときに、「頭の中でなんとなくわかっている状態」で話し始めると、聞き手には、もっと漠然としたものしか伝わりません。
 ほんの数分でも、自分の意見や二者択一の答えがAかBかを考えただけでも、ディスカッションのときに話の聞き方も違ってきます。

「暗黙知」とは、頭の中でぼんやりとしていて、しっかり言葉になっていない、知識や知恵のことを言います。

「形式知」とは、他者に対して、明確に説明できる言葉に置き換えられた知識や知恵のことをさして言います。

 私も研修講師の仕事を始める前は、だらだらと、かなり遠回りな話し方をしていました。恥ずかしながら、自分でも何を言っているのかわからなくなることがありました。

「私は話すのが下手だから」という人がいますが、それは自分の言いたいことをしっかりとまとめないまま、すなわち「暗黙知」の状態で話し始めるからではないでしょうか? 現在では、準備を十分にしていれば、しっかりと話せると確信しています。

 学生たちにとって「友人とのおしゃべり」は得意でも「自分の考えや意見」を他の人にきちんと伝わるように話すことは難しいのだと思います。
そこで、グループワークでは、自分の考え、つまり「頭の中の整理」をしっかりとしてからディスカッションに入るようにしているのです。
 
 しかし、考える時間を持ってからディスカッションに入ると、学生は途中で意見を変えてはいけないと勘違いするようです。
ディベートではなく、日常会話の場ですから、話し合いの前はAの意見であったとして、他の人の話を聞いた結果、Bの意見に変えることは、おおいにOKと言います。
「変えることを自分が決めた」ということが大切なのですから。




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