「ホスピタリティ(hospitality)」。この言葉の本来の意味を知った時、10年前のあるレストランでの出来事が鮮やかに思い出されました。
夫の仕事でフランスに滞在していた折、帰国が決まり、友人が最後の思い出にと、あるレストランを紹介してくれました。ドイツ国境に程近く、アスパラやトウモロコシの畑に囲まれたアルザス地方の小さな村の小川のほとりにありました。
優しい笑顔に迎えられ、川面近くに設えられたテラスへ。食前酒を片手に、これから頂くお料理をゆっくりと選びます。川からの心地よい風が頬をよぎり、時もゆったりと流れていくようでした。しばらくしてメインルームへ案内され、ほどなく注文したお料理が運ばれてきました。その美味しさから、お行儀が悪いと思いつつも互いの料理を味見しようとした矢先のこと、夫のグラスが倒れ、真っ白なテーブルクロスに、真っ赤なワインが。‘あーっ’顔面蒼白、今までの和やかな空気が一瞬止まりました。どうしよう、と思うまもなく、一人のギャルソンが「真っ白なナプキン」をその上にふわっと被せたのです。あっと言う間の出来事でした。気づくと新しいグラスには、何事もなかったかのように、ワインが注がれていました。この「究極のさりげなさ」に魅せられました。
フランスのタイヤメーカー、ミシュラン社が毎年発行している「ミシュランガイド」。星印によるレストラン評価が人気を呼び、フランス料理界では圧倒的権威を誇って、実際に客足に与える影響も大きいといわれています。 ちなみに、2005年度版は、フランス全土に3つ星は26軒。その中でも雰囲気、心地よさの評価である5つの赤フォーク印を重ね合わせると、たった5軒しか残りません。はたして、そのレストランの名は、その5軒の中にありました。
プロと言える、周りが認めてくれる域に達するには、どのような職業でも簡単ではありません。最高の評価を得るには「資格」という一つの認められた形はあるものの、それが身に付き、実践し、とけ込むには、時間と努力、センス、そしてその人の心のあり方によると思います。併せて、その技に気負いを感じさせない振る舞いも。
“ホスピタリティ”とは、“おもてなしの心と技術”のこと。
語源は、古く聖書の「貧しき聖徒を助け、努めて旅人をもてなしなさい」からきているそう。その意味は、「思いやり、相手の立場を考え、痛みを感じ取れる心のあり方、そして、人の求めているものを積極的に考え、もてなすという磨かれた知的な精神的側面を持っていること。」
ご紹介のレストランは、まさしくホスピタリティの本質を備えていました。
レストランの名は「Auberge de l'Ill」。来夏10年ぶりに訪れる予定です。
Cross Pointスタッフ Y.Y. |